愛犬のために 犬の食糞について
『ウチの仔は、リビングで寛いでいると甘えて顔をぺろぺろ舐めに来るの。』という飼い主さんは少なくないと思います。でも、かわいいわが仔にもし食糞癖があったら、あまり気持ちのいいものではないですね。わが仔が、排泄した自分のウンチを食べてしまうことに対して強い嫌悪感を抱き、思い悩む飼い主さんもまた、多いのではないでしょうか。
今回は、そんな皆さんの悩みのタネ、犬の食糞行為について考えてみましょう。
食糞行為は、全ての犬にみられるわけではありませんが、なぜ、どんな必要性があってウンチを食べるのか、明確な意義は残念ながらわかっていません。ただ、この食糞行為は 若齢に多く、成長とともに見られなくなっていくことが知られています。一般的に仔犬が食糞をすることは自然現象と捉えることができます。しかし、食糞行為の理由を人間が理解することはとても難しい問題です。それでも、理解を深めるための研究はいくつも発表されてきました。報告されている仮説の内容はさまざまですが、いくつかご紹介します。
① オオカミには、草食動物の糞を食べる行為が認められている。また、母親は育仔中の仔どもの肛門を舐めることにより排便を促す。しかし、幼獣はたとえオオカミであっても、襲われ、捕食されてしまうことがある存在であり、排泄物のにおいは、捕食者に居場所を教えてしまう強力な情報になり得る。そこで、育仔中の母親は、捕食動物の 攻撃を防ぐ必要性から排泄物のにおいを
消すため、あるいは巣を清潔に保つため、仔どもの排泄物を食べることで処理する。仔どもは母親のこの行動を学習し、食糞をまねるようになる。このオオカミの食糞行為は通常、幼獣が乳離れするころには止まる。犬は、オオカミが家畜化され、選抜淘汰されて作られた動物だということが、遺伝子解析の結果から解明されつつある。つまりオオカミのこのような本能的な行為の名残が、犬の食糞行為なのではないかという仮説。
② 人間の赤ちゃんには、ある成長段階に達すると、自分の周囲のものを認識し理解するために、何かを触ったり舐めたり口に入れる行為がみられる。同じように犬は、仔犬から一部成犬に至るまで、自分の周囲の「環境調査」をする習性が強く、その行為には、 犬にとって手足の感触より優れた感覚を備えた器官である鼻と口が優先して利用される。人間が触って感触を確かめるように、彼らは鼻と口を使って周囲の環境を認識しようとする傾向がある。つまり、犬の食糞症はトラッシングあるいはスカベンジング(オフィスなどから出されたゴミや、廃棄されたハードディスクなどを解析し情報を窃取する手口)と同じであるという仮説。
③ 過去に、食餌中の栄養バランスが悪いから、あるいは栄養が足りていないから食糞するとの仮説があったが、理想的な食餌が与えられている犬でも食糞行為がみられたという動物行動学の研究によって否定され、現時点でこの仮説は支持されていない。しかし、腸内細菌によって生成されたビタミン類(B/K)の摂取(リサイクル)のためであるというものや、空腹感を満たすためであるという仮説は、愛犬家の一定の支持を集めている。
④ 手持ち無沙汰で、あるいはたまたま排泄物を口にしたその瞬間をあなたに発見され、(犬にとって)とても(楽しそうに)騒がれたので、排泄物を口にすること=家族の気を引く手段になった。さらにその繰り返しによって、食糞行為が強化された。という仮説。
上記のような仮説は、食糞行為の理解に役立ちます。さまざまな仮説や理由が重なり合って食糞行為は起きているといえます。しかし、人間社会の中で、屋内に家族の一員として迎えられる犬が多い、現代の生活環境では、食糞行為は衛生上の視点や、飼い主側の感覚的な観点から、いわゆる「問題行動」として捉えられ、対処されます。
ただし、食糞行為を止めさせることは、もしかしたらできないかもしれません。あるいは、なにもしなくても、基本的に「日にちぐすり」=「時間が解決する」ものだという気持ちを置いておく必要があります。
では、食糞行為を止めさせるには具体的にどうしたらいいのでしょうか。いくつかの方法をご紹介します。
① 排泄後速やかに糞便を処理し、食糞のチャンスを与えない。しかし、飼い主が排泄物を処理しようとすると、競うように食べてしまおうとする場合がある。犬が排泄のそぶりを見せたら、素早く処理できるようにする。また、このやり方は留守番中には対処できない。
② 糞便の臭いや性状を変化させるという目的で、高繊維高消化性の食事に変更する、あるいは今までと異なるタンパク源のフードに変更すると功を奏することがある。
③ 食糞行為の改善に対する有効性が発表されたことは過去に一度もないが、仮に吸収不良が原因で食糞をしている場合、普段の食餌に消化酵素を含む果物を加えることで、タンパク質消化の一助となり役立つかもしれない。パパイア(パパイン)、パイナップル(ブロメリン)、キウイフルーツ(アクチニジン)、メロン(ククミシン)などに、タンパク質分解酵素が含まれていることが知られている。
④ ヨーグルトやカッテージチーズなどの乳製品を普段の食餌に加えることで、糞便の味や臭いを変化させて食糞行為を思いとどまらせることができる場合もある。ヨーグルトを与えることは、腸内環境改善効果が期待でき、腸内細菌叢を健全に保つことで、糞便の性状を変化させ、食糞行為を止めさせることができるかもしれない。
⑤ 食糞防止サプリメントを与える。
市販されている食糞防止サプリメントには野菜の抽出物やチアミンあるいはトウガラシが配合されている。サプリメント自体に味はほとんどないが、消化管を通過することで、糞便が非常に苦くなり犬の嫌いな味にさせる効果がある。同様の効果を狙って、排泄後の糞便に刺激性のあるタバスコ、マスタード、コショウあるいはトウガラシを「トッピング」することを勧める獣医師もいる。
繰り返しになりますが、食糞行為を止めさせることは、もしかしたらできないかもしれません。あるいは、なにもしなくても、いつの間にかウンチを食べなくなっていた。となっているかもしれません。大切なのは、犬という動物を理解し、人間の価値観のみで判断しすぎることが無いように心がけることです。大切な家族の一員として、生物種を超えた絆のために、あまり考えすぎずにおおらかに構えることも、時には必要なのかもしれません。